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http://www.j-wave.co.jp/blog/helloworld/spidersounds/
でRecto Bersoの1曲、放送決定いたしました。
J-WAVE FM 81.3
23時30分からです。
チェックイットアウト、のほど、よろしくお願いいたします。
22:00-23:45
HELLO WORLD
- 22:50 ENTERTAINMENT STREAM
- 23:30 SPIDER SOUNDS
*レイディオはおもに関東でのみの放送ですが、以下のサイトででも視聴できます。過去の放送をさがしてみてください。
http://www.ustream.tv/channel/jwavech1
(春木)
ムーディなので、20名限定なのだそうです。おはやめにご予約されるのが無難かとぞんじます。
落ち葉を踏みしめておこしください。
Gallery yolcha presents <秋 ooh la la!> vol.2 日時:10月31(日)15:00~ 出演:Recto Berso,黄土ソックス 料金:¥1,500(ワンドリンク付き) ※20人限定なのでご予約をお勧めします。 ※ご予約はGallery yolchaまで⇒maigo-hoso@qm.perma.jp お名前と人数をお知らせください。 ※ライヴ終了後もバー営業(18:00~23:00)しています。一日ゆ っくりお過ごしください。 ◎Gallery yolcha http://yolcha.blog120.fc2.com/ 大阪市北区豊崎1-1-14 H&H japan内 地下鉄中崎町・天神橋筋六丁目・梅田から徒歩10分
この度、Recto Bersoは神戸で開催されているイベント「神戸プラ―ジュ 2010」の
ステージイベントに急遽参加させていただくことになりました。どうもありがとうございます。
まだまだ溶けるような暑い日々が続いていますが、ひと夏の思ひ出でにぜひこの機会に
足をお運びください。音楽以外にもいろいろなイベントが目白押しです。
海を背に潮風にもまれながら一生懸命演奏します。入場は無料です。
当日はRectoが北部ヨーロッパに出張のためBersoが一人で演奏させていただきます。
そして二回ステージに上がりますのでお時間の合う方でお越しください。
日時
2010年8月27日(金)
ステージ第一部
13:00~
ステージ第二部
15:00~
神戸プラージュ KOBE Plage2010 www.kobe-plage.jp/
(ホームページより)
「海と人の共生」
都心にありながら海や風、砂、太陽などの自然を感じる空間を創出し、
「海と人の共生」をテーマとした国際港都「神戸」に相応しい、
海を生活のアクセントに取り入れた神戸のライフスタイルを発信します。
神戸プラ―ジュお問い合わせ先
神戸プラージュ実行委員会事務局
〒650-8589 神戸市中央区波止場町5-4 中突堤中央ビル3F
TEL078-332-2410 Fax078-332-2412
電車でのご来場
JR利用の場合「三ノ宮駅」より南へ徒歩20分「元町駅」より南へ徒歩20分
阪急電鉄利用の場合「三宮駅」より南へ徒歩25分
阪神電車利用の場合「三宮駅」より南へ徒歩20分
ポートライナー「貿易センター駅」より西へ徒歩12分
地下鉄利用の場合「旧居留地・大丸前駅」より南へ徒歩10分
「三宮・花時計前駅」より南へ徒歩13分
お車でのご来場
駐車料金:1回1,000円当日のみ有効
プラージュ会場駐車場をご利用の方には、会場内のフードテラスでご利用いただける食事券(500円分)お渡しします。【平日限定】 ※一度出庫されますと、再入庫時に1回分の料金を再度徴収します。
これもよくあるたぐいの話ですが、JR女性専用車両でのことです。
ごぞんじでないかたもおられるかもしれませんが、鉄道業を営んでいるJRでは、自社の一部の路線の一部の車両に一定の時間、女だけしか乗せないというキャンペインをはっています。このいくぶんか奇抜に見えるかもしれないアイディアは、一部の女から好評を得て、一部の男から不評を得て、その他大多数の女男からはとくに関心すらも得ていません。
その日ちょうど女性専用車両を含んだJRの電車に乗ることになったわたしは、当然ながら、というわけでもありませんが、女性専用に乗りこみました。女性専用車両は、どういうわけか、他の車両に比べて、空いていることが多いからです。ただし、車内の特有の臭気は鼻をつきます。
乗りこんでしばらく、わたしが車内広告を見つめるふりをしながらそのじつぼうっとしていると、やおら、おばはん風のひとが、つかつかとこちらへやってきます。わたしの前に立ちはだかるや、勝ち気な態度で、「ここ、女性専用車両なんですけど!」ときました。
これは、きました。やられました。一本とられました。まったくです。そこは女性専用車両以外のなにものでもありません。しかしそんなしごくあたり前のことを言いに、このひとはわたしの前までやってきたのでしょうか。ちがうとすれば、なんということか、ひじょうに残念ながらと言うべきか、かなしむべきことにと言うべきか、このひとは、わたしに例のごとく文句を言いにきたのでしょうか。どうやら、そうらしいのです。こともあろうに、わたしを男だとみなし、その女の聖域からつまみ出そう、と言うのです。
まあ、よいでしょう。一度や二度ではありません。それまでもわたしは男とみなされいくらかの不当なあつかいを受けてきたのは事実です。そのときも、わたしの言うべきせりふは一つしかありませんでした。
「わたし、女なんですけど。」
「!!」「...あ...す、すみません。」そのひとの顔にはもはや勝ち気はなく、かわりに、もうしわけなさと、反面、ぬぐいきれない猜疑のまなざしが浮かびあがっていました。
また言ってしまったこのせりふ。わたしはこのせりふを吐くたびに、逆説的にも、自ら、自らの女をふみにじってしまっているのです。しかし、わたしはそんな自分の境遇を呪うわけでもありませんし、わたしにこのせりふを吐かせたこのおばはん風のひとを恨んでいるわけでもありません。
このひとのおかしさは、シンプルな、そして、最もありふれた構造をしています。一つの礼儀を重視するあまり、他の礼儀を軽視してしまっているという構造です。すなわち、男なのに女性専用車両に乗るという、礼儀(というよりこの場合は規則か、規範といってもよいですが)に悖ることを、男である(とみなされた)わたしがおこなっている場合に、それを注意するのはよいのですが、そのさいに、他人の性別をすくなくとも当人に確認することなく決めつけてしまう、というこれまた礼儀に悖った行為をしてしまったのです。
こうしたおかしな行為は、はこうやって第三者の事例でもって示されると、いかにも限られたばかなやつだけがしそう、と思われるかもしれませんが、多くのひとがやっています。
以前に千原ジュニアという喜劇作家・喜劇俳優が、松本人志という同じく喜劇作家・喜劇俳優のことを語るエピソードのなかにも同様の行為が見うけられました。よく知られたものでしょうが、こんな話です。
千原、松本、それから木村というこれも喜劇作家・喜劇俳優が、ある旅館に泊まったときの話です。その旅館では、備えつけの浴衣を着て食堂で食事をすることはできない、と言うのです。浴衣を着て食堂で食事をしたい千原たちは旅館のスタッフや責任者ともめるのですが、強面の木村が、「そんなあほなことあるかい!」とすごんでも、らちがあきません。「私服でお食事なさってください」の一点張り。そこで、松本が、すっと、「おれの私服、浴衣やったらどうすんねん?」と言うと、旅館側はやむなく「...浴衣でどうぞ。」と折れた、というエピソードです。
千原は、どなりちらす木村と冷静な松本の対比をうまく描いて笑いをとるわけですが、木村と松本のあいだには、千原が話の構成上で表現するキャラクターのコントラストと同時に、いわば思考の深度のコントラストがあります。「私服でしか食事をしてはならない」という規則の妥当性ばかりを突く木村に対して、松本は、私服しかだめという規則は認めたうえで、それでも、浴衣で食事をすることが可能となる論法でうって出ます。
ある意味で松本にとって、あるいは、このエピソードにおいて、浴衣で食事ができるかどうかはどうでもよいのです。旅館のスタッフに、反省させることができている、という点が大事です。旅館のスタッフははなから、客の浴衣は私服ではない、と決めてかかっているのです。ゆえに私服=浴衣であるようなひとがいる可能性が想定できていない。この点が失敗です。女性専用車両で、わたしに文句をつけてきたひとが、わたしが女である可能性を想定できていないのと同じです。ところが私服が浴衣であるひとはあり「うる」し、男にしか見えないような女もあり「え」ます。じっさいに松本の私服が浴衣であることはなかったのでしょうが、そんな「現実」のことは問題ではないのです。私服が浴衣でもありうるという「可能」のレヴェルでものごとを考えることができている、この点で松本のスタンスはあざやかで、そのコメントは痛快です。
あるひとが女性専用車両に乗りたければ、そのひとが女であればよい、あるいは、女になればよいのです。宿屋の浴衣を着たければ、それが私服であればよい、あるいは、それを私服にすればよいのです。「女」にしても、「私服」にしても、本来その外延(概念の適用範囲)は恣意的なのです。
こうしてその日もわたしは、女性専用車両を出て、JR大阪駅の雑踏に降り立ちました。
(春木)
The Best Water In The World
2年ほど前か、ちょうど今日のような、夏も盛りのころでした。
当時はよく大阪モノレイルに乗って、太陽の塔(神)を拝みにいったものです。
駅に着いたモノレイルに乗りこんで、つり革につかまるや、横に「乗りつけて」くるひとがいます。すこし屈強な風のそのひとは、わたしの隣のつり革につかまって、ひじをぐいぐいと押しつけきます。わたしはさっとひるがえり、席に着きました。すると、車内はがらんと空いているにもかかわらず、わたしのひざに、自分のひざを押しつけながら、またぐいぐいと、体を押しつけてくるではありませんか。
ははん、とわたしは思いました。どうやら、わたしがこのひとの気分を害したらしいのです。モノレイルに乗りこむときに、順番を抜かしたのか、わたしのかばんがそのひとにあたったのか、そんなところでしょうが、わたしの行動になにか文句があるようです。
「何なんですか。」わたしは訊きました。するとそのひとは、「はぁ?」車内に響きわたる大声で返答をかぶせてきます。「何なんですか。」ともう一度。「は?」とまたもや間髪入れずにかぶせてきます。要は嫌がらせです。
しかたがないので、「ケスクヴヴレ?(何なんですか。)」と、フランス語で訊いてやりました。すると、「は?」の一辺倒だったのが、「!!...外国のかた?...これは失礼した。」ときました。さっきまでわたしは日本語で訊き続けていたにもかかわらず、です。続けて「韓国のかた?」とくるので、「いや、フランス人だ。日本語を勉強している。」と英語で言うと、通じたもよう。車中そのひとのとなりで、わたしは日本語のこむずかしい原稿を読みふけり、降りぎわに、「今日はどうもありがとう。」と手をさしのべると、「がんばってください。」と、屈強な手でがっちり握られました。わたしはこみあげる失笑をおさえきれず、駅のホームでふきだしてしまいました。にもかかわらず、閉じたドアーの向こうで、そのひとは、にこにこと手をふりながら、モノレイルに揺られて、消えていきました。
このひとの一つ目のおかしさ。それは、「外国のかた」なら、なぜか赦す、という点。外国人は日本の礼儀を知らないから、わたしがなにか失礼なことをしたとしても、わたしが外国人だということになれば、それはしかたないこと、という意味で赦されるのでしょう。これだけでも十分におかしいですが、まあ、よいでしょう。このひとのおかしさの醍醐味はその先にあります。
二つ目のおかしさ。それは、日本の礼儀を知らないからこそ赦した外国人に対して、それは「失礼した」と謝ってしまう点です。礼儀が通じない世界で生きるとみなしたひとに対して、なぜ、礼を失したことを謝る必要があるのでしょうか。
わたしが外国人で、そのひととは異なる礼儀の世界で生きているから、わたしがそのひとに対してした行為はそのひとによって、赦されました。他方でそのひとは、わたしの(悪い)行為に対する仕返しで、自分もまた嫌がらせか意地悪、要は悪行をしていたという意識があったらしく、わたしの行為が赦された瞬間、仕返しという名目で正当化されていた自分の行為が、余剰の悪となり、それを処理すべく、謝罪することになったわけです。
でも、あるAという行為を受けて、それに対してA'という行為で仕返しした場合、Aという行為が赦されるなら、A'という行為も赦されるべきです。べき、というのは、そもそもA'は、Aに対して悪である点で等価な行為と位置づけられたうえで構成され、なされているからです。
なので、そのひとは「失礼」ではまったくないのです。外国人であるわたしに対しては。にもかかわらず出てしまった、そのひとの「失礼した」ということばは、けっきょくそのひと自身に、いかに、自分が意地悪をしているな、という自覚があったかということを表しています。
モノレイルの改札を出たわたしは、その日も、「国際化」の未来とともに光り輝く「神」に向かってゆっくりと歩を進めていったのです。
(春木)
成績は410位。多大なご協力をいただいたにもかかわらず、落選いたしました。
おりからの雨に、Recto Bersoの夢はついえ、どぶに流されていきました。どぶで夢をさらってもう一度はいあがり、この負けをかみしめ、くよくよしながら、生きていきます。
このたびは力およばず、もうしわけありません。われわれごときが入選までもうすこしのところまで来られたのも、ただただみなさまのご助力のたまものです。ありがとうございます。
とりわけ身を粉にして広報活動に奔走してくださったエステのみなさま、道場のみなさまには頭があがりません。
ご報告、お礼かたがた、今後ともサポートのほど、よろしくお願いいたします。
(西中、春木、およびRecto Bersoスタッフ一同)
「ありがとうございました。」
ニースの海辺(2004)
ありがとうございます。1000票に達しました。順位も上がっております。400位まであとすこしです。
あきらめません。負けるまでは。
投票ペイジ
http://emeets.jp/pc/artist/4544.html
03 | 2025/04 | 05 |
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西中、春木、ふたりの自作自演歌手から成るロック・アンド・ロール・グループ。グループ名は、ラテン語のRecto Verso(おもて、うら)に由来。ひとをはっとさせる、かつ親しみやすいメロディをつむぎ、地域、時代にとら われず広く長く世に歌い継がれる歌をつくりだすことがヴィジョン。英語、フランス語、日本語でつづったオリジナルレパートリーは30曲、ストック曲は 120を越える。東京を中心に生演奏会を展開。楽器、録音器材にこだわりぬいた100%手づくりの音源もききもの。現在、岡田徹(ムーンライダーズ)のプ ロデュースのもと1stミニアルバム(2012年8月発売予定)を制作中。
使用録音マシン:Telefunken V72a 1960年代製、Telefunken V76 1960年代製、Telefunken U83 1950年代製、Microtech Gefell UM92S 1990年代製、Telefunken D19 BKHI 1960年代製、AKG B200 1960年代製、AKG D19CRCA 77DX 1940年代製、Neumann W444sta 1970年代製、Eckmiller W85
ヒストリィ:
2006年10月 西中と春木が出会う。
2007年1月 「Recto Berso」結成、および初めての生演奏会をする。
2007年3月 インターネットラジオ「噂のギグ」に出演する。
2007年6月 インターネットラジオ「噂のギグ」に出演する。
2007年11月 吉川忠英氏らとセッションする。屋敷豪太氏も同席。勉強する。
2007年12月 EMI主催オーディション 第1回Awake Sounds Audition 準優勝をおさめる。
2009年2月 ビーイング音楽振興会主催 2009BADオーディション最終選考通過
2009年3月 アルバム完成にむけて、録音をいっしょうけんめいにする。
2010年7月 アルバムのプリマスター版が完成する。
2010年10月 音密団により発掘、育成される。
2011年7月 BELAKISSのメンバー全員に、プリマスター盤を手渡す。